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精神医療を卒業して


__ 薬が断てた理由 ___


                         仮福 真琴 48歳筆(2005.11.12)

私は今48歳になり、精神科を離れて2年が過ぎました。2年2ヶ月前の9月は、自殺未遂で入院しておりました。今は、薬は一粒も飲んでいません。薬を切って1年8ヶ月が過ぎました。毎日の暮らしは平凡な専業主婦です。今思うと32歳から46歳という最も人生の実りの時期を精神医療にはまり、結婚生活も14年間無駄にしたと思います。これから残りの後半の人生を有意義に生きようと考えています。

人生はどこかで歯車が一つ狂うとそこから考えられないような世界に行ってしまうことはよくあることです。一度狂った歯車は、修理しないと元に戻りません。修理とは医者がやるべき仕事です。殆どの医者は、真剣に患者と向き合うことをしません。適当に逃げています。私も短大を卒業してOLを2年間経験し、21歳で結婚しました。人並みに女性としての人生の幸せのレールを真面目に生きてきたつもりでした。思えば21歳で結婚し24歳から30歳まで5回の社宅の引越しをしその間2人の子供を生みました。2人目の出産後29歳の時状態が、最近テレビでやっていた「産後鬱」にそっくりだと思いました。若かった私は、元来真面目で他人の評価を気にする性格からストレスを溜め込んだと思います。当時は「マタニティブルー」はありましたが、「産後鬱」という言葉はありませんでした。今は、インターネットが発達して「産後鬱と」いうホームページもあり情報交換も簡単にできて良いですね。

どのように薬を切ったかをお話します。
自殺未遂した時、主治医は自分の病院に入院することは薦めませんでした。入院は、主人がインターネットで調べた他の病院になりました。その病院の担当医ですから、正直に言ってくれたと思います。「あなたは、医原病ですよ。つまりはまっちゃったんですよ。だから早く医療を離れて。」と言いました。私は、その通りだと思いました。また、この時から人間の心ほど解らないものはないと感じました。
そして、医療は卒業しようと考え退院後まず32条(精神保健福祉法:医療費が軽減される法律)をやめ、徐々に薬を減らしていきました。最後は、眠剤(サイレース2mm)だけが残りました。眠剤は、なかなか切れませんでした。夜11時にベットに入って2時3時まで眠れず、それから眠剤を飲むという状態が半年くらい続きました。昼間はプールで泳ぎ体を動かしなるべく疲れるようにしました。イライラしないよう感情の使い方に気をつけました。夫婦仲を見直しストレスが減るよう工夫しました。そうしているうちに、私の歯車は戻ってきたようです。医者の力では戻せなかった歯車は、自分の意思で戻せたのだと思います。

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