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ずさんな精神科医療
精神科を離れ、いっさいの薬物から開放され4年が過ぎました。
仮福 真琴(2007年8月2日全面書換え)
プロローグ(2007年8月2日全面書換え)
精神科医療のずさんさは、最近世間で問題視されるようになりました。一つには、インターネットの普及もあるのでしょうが、他科の医師(婦人科や内科医)からも、今精神科は問題になっていると、聞くようになりなりました。2003年までにここに書いた私の体験談は、ほんの氷山の一角に過ぎないと思います。
「精神科医の功罪」(洞察療法を受けたのは、1989年頃の私がまだ32才の若いころのことです。)本文にも書きましたが、結婚後24才から30才まで6年間に5回の引越し、その間に、2児を出産し慣れない土地での社宅生活は、私には随分とストレスと心身共に疲労したことと思います。人間、不思議なものでその最中は無我夢中で、自分がまいっていることに気づかないものです。当時は、インターネットも無く、私は産後鬱という言葉も知りませんでした。今思えば、疲れているなら休めばよかったのですが、乳飲み子をかかえ第1子は3才半、とても寝てなどいられません。丈夫な方はいいですが、私は元々あまり丈夫なほうではありません。第2子がお腹にいる時から、家の新築の計画が始まり、設計者との打ち合わせなどある中で第2子を出産しました。第1子は母乳で育てたのに、二人目は殆ど母乳が出なかったこと。その時は、不思議だと思いましたが、2人の子供を違う病院で産んだことで、病院からは何も言われず、それがストレスから来ているとは思いもつきませんでした。第2子も里帰り出産でしたが、実家の父が病気だったため、母の手をほとんど借りられず、産後5日で床上げをしてしまいました。そして、数日で社宅に引き上げてしまいました。鬱=産後鬱だったのかと、今思います。そして、30才の時、家が出来上がり5回目の引越しで4才になった長女を、幼稚園に入れました。無理に無理を重ねた20代でした。欝はじわりじわりと29才くらいからあったのではないかと思います。それを、大学病院の若い医者がイミプラミンで引き上げ、洞察療法をし、結果がボーダーラインという病気を作ったのかと、今になると思います。疲労を鬱と誤診する医者もいるでしょう。鬱からくる疲労もあります。
本当は、退院した段階で精神科通いをやめてしまえばよかったと思います。今になればそう思いますが、その時は初めてかかった精神科で初めて受けた洞察療法であのような結果が出て、自分のメンタルな面にすっかり自信を失ってしまいました。退院する時も、医者から外来通院するように言われ、服薬していくように薦められたので、医者の言うとおりにしてしまった訳です。その時、洞察療法の恐ろしさは、医学書で調べ良くわかりましたが、その後に13年間続いた薬物療法の恐ろしさを予想だにしていませんでした。ここに書いた「精神科医の功罪」には、この薬物療法の恐ろしさについては、触れることが出来ていません。医原性人格障害(ボーダーライン)を中心に書いています。
薬物療法の恐ろしさについては、新たなページを作る予定です。(2007年10月29日に薬剤性精神病-家庭内暴力の日々を追加しました。)ただいえる事は、精神科という科は患者の全てではありませんが、かなりの数の患者が医原病で、医者によって病気をより悪く増幅されていく患者が多いと今までの経験から考えています。非常に、誤診ご治療の多い科だと思っています。また、それをうやむやに出来る科です。うやむやにしている事にすら気づかない、全く解かっていない医者も多くいます。その辺が、内科や外科等の他科と非常に違う点です。
私も、14年間のカルテを開示し治療の経過を見てみると、疑問だらけです。ただいえる事は、多剤多量の薬を一切きっている今のほうが、はるかに調子が良くなりました。更年期の症状はありますが。
この拙い文章が「医原病」あるいは「医原性の薬剤性精神病」の方の又はそのご家族の方の目にとまりますよう。そして、そこから抜け出すきっかけになることを切に願ってやみません。
仮福 真琴(2007年8月2日全面書換え)
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