mixiの中で『現代の精神医療』の問題点を取り上げた 市民の人権擁護の会サイクバスターさんの日記を、本人から許可を頂き転載しています。
“相応”という言葉の落とし穴 2008年10月27日08:40
(mixiのサイクバスターさんの日記から転載)
“相応”という言葉があります。
普通に使っている場合には問題はないのですが、心理学者や精神科医、あるいは邪悪な意図を持っている人がこの言葉を使うと、大きな落とし穴に人をはめることになります。
なぜなら、この言葉によって“個性”を否定し、人を集団の中の一部に過ぎない存在と位置づけるからです。
精神科医によれば、相応からの逸脱は“障害”“疾病”となってきます。
年齢相応の思考、性別相応の行為、立場相応の振舞い … なんとなくそういうこともあるかな~、と思わせられるのですが、世間を観察してみると、“相応”にあてがう基準が実は存在しないことに気がつきます。
みんなの行動と違う、一般的な性格でない … よくよく考えてみたら、これこそ自然な状態と言えます。
状態や行動を病理や問題という観点からしか語ることの出来ない精神医学や心理学に、全く欠けているのが「正気さの尺度」です。人がどれほど狂っているかばかり考えているようではいけません。どれほどその人が正気なのかという尺度を持たぬものに、狂気の度合いを語ることは出来ません。
この点から見ても、精神医学や心理学に大きな欠点があるのです。
相応・・・・・という言葉に翻弄されないようにしましょう。
自分は自分・・・ I am me. です。
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