mixiの中で『現代の精神医療』の問題点を取り上げた 市民の人権擁護の会サイクバスターさんの日記を、本人から許可を頂き転載しています。
誰か(何か)にコントロールされること 2008年11月04日14:53
(mixiのサイクバスターさんの日記から転載)
身体的不調にせよ、精神的不調にせよ、自分自身をコントロールできず、誰か(何か)にコントロールされる…というのは、一般的に人を不安に陥れますし、非常に恐ろしいことと感じるでしょう。
予想だにしないことが自分に起きる…というのは、何によらず直面しがたいことですし、そのようなことはおきて欲しいと思う人は稀でしょう。
この点から言えば、精神的身体的に、自分・他人・物質などを自ら率先して自らの理性や意図や思考や決断に従ってコントロールできる…というのは、人に安定と安心をもたらします。またその度合いに応じて状態の正常さを測ることが出来るといえるでしょう。
翻って、精神医療というのはこの点を完全に履き違えています。
故に治癒に結びつけることができないのです。
何かに意図を吹き込む場合、その状況を知覚する必要があります。コントロールする力を失いかけている人(相当にこの能力を失ってしまっている人)は多くの場合、周囲を分析的かつ適確に知覚する能力も低下しています。ですから、いくら理性的な判断をしたとしても、行動としては逸脱した行動として現れてきます。
この状態にいる人に更に知覚を鈍化させるような薬を投与したらどうなるでしょう?(ちなみに、知覚を鋭敏にする薬の多くは、後でその反動がやってきます。)
薬によって正常な知覚能力を奪われ、誤った知覚を元に判断すれば逸脱した行為として現れる…。 こんな当たり前のことを精神科医は無視して知覚を奪うのです。
向精神薬を服用した人々が、「神の声が聞こえた」「周囲から狙われている」「殺さないと自分が殺されると思った」などと口にすることを目にしますが、彼らにとってはそれは真実です。そういう風に知覚せざるを得ない状態に向精神薬によってコントロールされてしまっているのです。
自分で自分をコントロールできない恐ろしさ・・・は並大抵のことではないはずです。
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